急いては事を仕損じる
2017年4月06日 カテゴリー:調査記
その日は同時進行で様々なトラブルが発生していた。
約束の時間にはギリギリになりそうでマンションを出て大荷物を抱えながらエレベーターのドアが開いた瞬間、指から滑り落ちた自宅の鍵が吸い込まれるよう下部の隙間に落ちて行った。
当時住んでいたマンションは管理人もおらず、落ちた先は目視は不可能で、とりあえずエレベータの壁に書かれた管理会社に連絡するが、一度停止をした上で探索しなければならず、すぐには来れない明日になると言われた。
「急いては事を仕損じる」
胆に銘じる言葉である。
いつからか私は依頼人にも呪文のようにこの言葉を伝えるようになった。
調査契約に至るにはお互いの信頼関係を得るために非常に長い時間要するもので、契約が済むと聞き取った話を調査員への指示書作成に入り入念な準備を行う。
一緒に暮らす相手が対象人物であった場合、特に気をつけなければならないのは、契約書の発覚である。契約書には対象人物の名前、調査開始日時、調査方法など詳細が書かれている。
これは本来、依頼人が初めて調査会社との依頼内容に間違いがあってはならないための双方の確認事項であり、トラブルを避けるために詳細を別途付記することも多い。
依頼するまでには幾度となく繰り返されてきたであろう修羅場を持って、対象人物も何やら胸騒ぎを覚えたのか寝静まった深夜、バックや隠し場所を探り契約書を見つけてしまう。
一番多いケースは依頼人自身が散々と尾行をやってしまい失敗したので依頼するケースで、友人知人と個人レベルの尾行は直ぐに発覚し、大事になってしまっているのだがなぜか軽く思われていることが多い。
或いは他社に依頼した調査が失敗し、尋常でない警戒している中で知らずに調査を行うことがどれだけ危険で大変であるか普通の人はわからないことである。
相談員の仕事は調査が始まれば24時間依頼人と同じ時間の中にいる。
調査開始の合図と共に逐一何か動きがあればお伝えしているが、依頼人はいつ相手人物と接触するかが気が気でならないのか、想定した時刻に自宅を中々出ない夫にイラついて私にメールを送信する。
「夫はまだ出ないんです。
今からシャワーなのでお昼回るかもしれません」
時には情報はありがたいがこちらもプロ。すべて想定内であって一切の心配ご無用とは毎回伝えているものの調査のゴングが鳴らされれば戦闘モードになってしまうのだろう。
問題はそのメールを対象人物である夫に送信したことである。
20年近く、この職業を続けていると多くのこのような問題を経験してきたので、私は何ら驚きもせず次の二手三手を用意する。
事前にどれだけアドバイスをしても、大丈夫です、落ち着いていますといいながら考えもつかない失敗を起こし、しつこいぐらいに注意を重ねると気を悪くされる方もいる。
だが、その失敗を責めるつもりはない。
人間はトラブルを抱えると正常な判断出来なくなり、負の連鎖が始まっていく。
深夜、夫の会社に車があるかどうか自宅から1時間かけて車を走らせ何度も見に行っていた妻がいた。大雨の日で高速でスリップして事故を起こし、車は大破したが無傷でいた妻は車の中で号泣していたという。
小さな子供を寝かしつけ、いつかもっと大きな事故が起きていたかと思うとすべてが恐ろしく、むなしく、激しく燃え盛っていた炎をようやく鎮火することが出来たのだった。
自分の犯したことを恥じ入ってしまうのかもしれないが、どんなトラブルも心配ご無用、ならばと準備が出来るので正直に伝えていただきたい。
探偵に依頼することが人生に一度あるとするならば慎重に行わなければならない。
だが、その慎重さは調査会社を吟味することだけでなく、多くの場合は依頼人側にあることも知ってほしい。
解決出来ないケースは相談段階でお断りしているのだが、ここで記したトラブルについてはどれも解決している。
有能で心優しき調査員に感謝いたします。