水中ウォーキング
2016年11月29日 カテゴリー：雑記
泳ぎながら声を出して泣いていても気づかれません。
涙はどんな時も突然やってきてコントロールなど出来ませんから。
そこは大きな施設のプールで天井にあるマークは距離を示しているのだが、十字架のようなクロスマークで、それが自分の行く末を表しているようで背泳はしないようにしていると依頼人の女性は言った。
今、私は水の中で戯れることに喜びを覚えている。
水の中に一歩足を踏み込んだ瞬間、身体の痛みが癒され、どれだけ派手な動きをしても、水は私の身体を優しく包みこんでくれる。
プールに入るのは何十年振りになるだろうか。
通いだして数か月、水中ウォーキングを30分から45分行う。或いは水中で派手な音楽を聞きながらするアクアミットダンスも大好きだ。
水の上を思いっきり子供のようにジャンピングしたり、キックしたりしながらダンスをしているが、およそ参加数50名の平均年齢は60オーバーである。
そして、この水中ウォーキングも時間帯によっては人が多すぎて歩けないほどの人でレーンは覆われ、大きく手足を振りながら早足で歩くということが出来ない。
どうやら水中ウォーキングは彼らの社交場のようで時間に余裕がある人ばかりで、ゆっくりしゃべりながら歩き、一向に進まないのである。
私は職業柄、連絡の取れない時間は1時間以内と決めていて、プライベートの所要は早めにすませたい思考回路になっていて、イラつくことがあるがここでは唯一致し方ないと思うようにしている。
水中ウォーキングは日によっては30分という時間消化が辛い時もある。ただ時計を眺め、歌を口ずさみながらひたすら歩き続けるが、30分の時間を私はその日一日を反芻する時間にあてている。
プールの端で派手に準備体操をする松崎しげる似の人がいた。
全身真っ黒、たいして歯は真白。
いつもピチピチパンツを着用している年齢不詳、正体不明の男性である。
初めて見た時、しげるはきっと隣のレーンで派手にかっこよく泳ぐんだろうなと思っていたら、ビーチ板を持ちながら水中ウォーキングしていた。
人それぞれ見た目とは違い、実際の行動は地味なことをする人が多いが、水中ウォーキングは人間観察にもってこいの時間でもある。
非常に大きな身体の男性がプールに入場してきた時、私はそろそろ切り上げるかと準備する。
彼は本当に大きな身体の持ち主で、かつ独特の水中ウォーキングを行う。歩きながら瞑想でもしているのか、太極拳のような動きで一向に進まないのである。
ここではどんなやり方も自由であるため、彼の技法をまねてみたが、この技法では歌を歌いながら軽快なリズムで行えないため私には無理だった。
隣のレーンでは日頃のうっぷんを晴らすべく派手に水をかき、足をばたつかせながら泳ぐ人がいるが、すぐ隣に接近している水中ウォーキングの我々は顔の真下から水を常に思い切り浴びせられる。
この小さな箱の中で袖すり合うも何かのご縁、正しい泳ぎ方とは何ぞや、美しい所作とは何ぞやをここで学んでいるのかもしれない。
人のことをあれこれ言いながらも、恐らく私もファニーピープルの一人に違いなく、こまねずみのような動きでジャグジーに入ったり出たり、およそ40分を余すとこなく過ごす。
プールで泣いていた依頼人の女性は調査結果で違う人生を始めているが私のプール通いを進めてくれた、泳ぐことが大好きな女性である。
流れる涙は消え去り、彼女もきっと今頃この心地いい水の世界とまた戯れているだろうとエールを送りたい。
ふと天井を見上げると確かに十字架が現れたが、それはネガティブな印ではなく、水の世界に現れた救世主のようで、しっかり、ゆっくり歩きなさいよと言われているかのようで私はラジャーと声を高らかに歩き続けている。
