昭和の探偵
2016年11月18日 カテゴリー:雑記
事務所には数々のお宝がある。
1980年代の住宅地図や古き時代の全国の電話帳。
壁一面に置かれているも、これは過去の情報でも、非常に重要で調査業に従事する者しかわからない宝物である。
何年か前に手狭になり多くの書物を涙をのんで処分したが、ビンテージ級のスパイグッズも数多く残されている。
スパイグッズという表現は余りにも現実的ではないが、実際のリアルな現場で活用していた探偵グッズである。
昭和60年代に作られた隠しカメラ搭載のビジネスバックを発見した時、心が波打った。ネタ的な商品として現在でも通販などで売られているが、実際の現場では使えないモノが多く、リアルに使用されていたことに感動したのだった。
これはここを訪れた依頼人の方にはお見せすることもあるが、先人の知恵と技が凝縮した品は成功と失敗を繰り返し、一体どんな確証を掴んだのだろうと思えば、たとえ使えなくなったとしても処分することは出来ない。
また、書き記すという事は大切に違いないが、この職業に入ってからスケジュール管理や仕事に関することは一切手帳につけられなくなり、ここ20年近くは手帳は持っていない。
かつて事務所を大掃除した時に調査員が書いた手帳が出てきた。
それは尾行中の行動日時が記されていたものだった。
手のひらサイズの小さな手帳で、万が一誰かが拾ったとしても社内で決めた符丁や暗号で書かれているので解読することは出来ないものだった。
今とは違い、日々案件は東西奔走、支社には調査員は常に数十名在籍し、そのノートは携帯電話のなかった時代に書かれたもので、昭和のバブル紳士達を追跡したものだった。
浮気をするにも相手女性が全国にいて、ちょっとそこまでの感覚で手ぶらでふらっと新幹線や空港に向かい、ラーメンだけを食べに札幌へ、或いはヨットハーバーへと、密会は日本だけでなく海外での人物も多くいた。
なので追跡する調査員もすべてが長丁場で、現在ならばある程度の稼働時間を想定するが、一体いつこの追跡が終わるのかが全く読めない今以上に大変な現場だった。そして、かつてのような全国行脚をするような対象人物も少なくなった。
放蕩三昧、破滅的な人は昔からいるが現在と結婚の形態、仕事の環境、家族関係、全ての価値観が大きく変化してきているのも事実である。
不倫の内容が日本経済と密接に関係するのではないかと思うほど、登場人物の派手さや関係者の職種がその時代を色濃く映し出していた。
昭和の熱き時代を知らない私は事務所のお宝を眺めていると本部との業務連絡に必死で公衆電話を探し、手のひらで隠しながらメモをつけていた探偵の姿が思い浮かんでしまう。
いつの時代も苦労がつきもので、命さえ失いかねない危険な現場もあったと聞いているが、まさしく、今私のすぐそばにいる探偵がその時代を生き抜き、現在も走り続けている探偵であることをここに記したい。