探偵道2
2016年9月07日 カテゴリー:雑記
かつて、張り込んだ現場に依頼人が蒸したての焼き芋を調査員に手渡したいと連絡してきたことがあった。
芋はかなり熱く手元をみて剥かねばならず、調査員はただそこにいるだけではなく、一定方向を常にチェックしつつ確認作業も多く、おそらくそれは喉につかえるナンバー3に入る。
依頼人の気持ちはわからなくもないが速攻で帰っていただき、今にして思えば何か微笑ましいエピソードとして残っているも、現場をかき乱す一番してはならない行為である。
調査員N氏は私の隣の席にいる。
毎回、腹がグーグー鳴るのをいつも聞かされつづけて何年になるだろうか。
ならば腹をおさめる品でもひとっ走り買いに行こうと席を立つと。
「心配ご無用!
腹は減ってません!」と言う。
もはや探偵道を究めすぎて、己の胃袋の塩梅さえもわからなくなってきている。現場から戻り一日何も食べていないはずで、胃袋はこれだけ高らかにグーグー鳴り響いているというのに。
一般の人は調査中はアンパン食べてるんですか?
と今だに信じている人もいて、普通の人でも仕事中は食事しないように探偵は食べない。
食べるという行為は気持ちを安定させ、つかの間の癒しであって本来ならば落ち着いた環境に居る時が一番望ましい。
おそらく長時間の現場で交代で食事をしても、調査時間中は気の休まる時間などなく、ただ胃に流し込んでいるだけでほとんどの調査員は食べない。
だが、その緊張が解けた時。
探偵は食べる派、食べない派に大きくわかれるのである。
我が代表A氏は食べる派である。
仕事を終え、夕闇はまだ迫っておらず、気分は上々。1時間だけ、サクッと飲んでちゃっと帰りましょうと言われて、1時間で済んだことはあっただろうか。
かつてその流れで6時間以上、一緒にいたことがあったが、もはや何を語り、何を食べたことすら思い出せず、私は新宿のレディスサウナに宿泊したことを思い出す。
おそらくほぼ仕事の話しかしておらず、探偵道とは知らぬ間に探偵道にいることに気づかないことで、もはや、24時間仕事以外に一体何があるのかと言っても過言ではない。
おそろしや。
そして、酒という媚薬が身体を満たしはじめたとたん、胃袋はオールマイティに受け入れ体制となり、肉を食べたというのに次はお寿司を一口、イタリアンもフレンチもよござんすという風になっていくのは我々だけだろうか。
他の調査員は食べない派である。
唯一、食の物量が合う私が共にすることが多いが、いい加減いい年になり中性脂肪も高くなったので気をつけねばならん。
依頼人と最後に出会う調査報告時の時だった。
ふと見たメニューのフワフワパンケーキセットを依頼人は注文した。これは女性ならではの感覚でどれだけ悩んでいても、そこにケーキセットがあるならば注文してしまう。
余りに悩みが深すぎると食欲不振どころか過食拒食に陥るので当初の相談時にはなかった、この食の現れに私は心から嬉しく思い、それを一緒に頂戴した。
女性は時に涙しながらもフワフワパンケーキを堪能できる可愛らしい生き物である。
だからこそ立ち直ることも早い。
約20年前、調査員に焼き芋を持参した妻はその芋をふかしながら、その時何を考えていたのだろう。
自分が育てた美味しいものをこの度世話になる人たちに食べさせてあげたいという農家の妻ならではの心理と夫の素行調査の成り行きと同じレベルで心の中は駆け巡っていたのだろうと。
私は某駅でそれを受け取った時、不覚にも芋のぬくもりに涙があふれそうになったが、依頼人は何もつけなくても甘いんです、スイートポテトに向いていますと言った。
探偵道は果てしなく続く険しい道のりである。
もはや己の胃袋さえコントロールできず、食べなかったり食べ過ぎたりと。
今、そんな時間に居続けることで心身を調整するためにも、限られた時間の隙間をみつけ私はプールに通い始めひたすら歩き続け、A氏も密かに肉体改造に勤しんでいる。
なお、調査の終わった方とのお食事は一番嬉しいものなので、気遣いなくいつでもご連絡ください。