探偵の友人2
2015年11月04日 カテゴリー:雑記
街でマクドを見かけると、あの日の顛末が必ず頭をよぎり、彼を思い出す。
それは今から17年前、一緒に仕事をしていた調査員Y氏のことを。
Y氏は現在、探偵ではないが、一部には自堕落な人物も存在する中で、仕事に真摯に真っ当に向き合い、短くとも共有した紛れもない探偵の友人の一人であると思っている。
いかんせんそれは初めての経験だった。
その時、私は心を落ち着かせることだけに専念した。
調査員Y氏と私は朝から何も食べておらず時刻は20時過ぎ、まだ所要もあり、時間もないため付近にあったマクドでハンバーガを一緒に食べていた時だった。
この偶然にも訪れた町に私は長年住んでいたことを語り、Y氏はそうなんですか~と終始ご機嫌でハンバーガーを二つ食べた後、何故かおもむろに立ち上がり、トイレへ行った。
私はコーヒーを飲みながら、Y氏を待ちながら帰り支度をしていた時だった。
Y氏は口を押えながら着席し、マクドのナプキンに何かを書き出し差し出した。
「整形外科行きたい」
「あごはずれて」
非常に乱れた文字で、もっと短文だったような気がする。
意味を解読するのに時間がかかった。
さっきまで調査の成功を分かち合い、つまらぬギャグで笑い合い、Y氏は疲れたといえどもビッグマックを二個食べれるほど若く元気な青年だった。
顎がはずれるとしゃべれないということを初めて知った。
トイレで奮闘したが、うまく戻らなかったようで口にナプキンをあて苦悶の表情でいるため、焦ってしまい私はしゃべればいいものの筆跡で応答した。
「痛いのか?」と書くとうなずき。
「近所にいい外科を知っているから電話する大丈夫やよ」
「 戻すのはうまく出来ない医者いる」
そう筆談で返された。
私は長年住んでいた町なので、とっさに頭の中で界隈の整形外科の病院をシャッフルし、ある病院で非常に丁寧な治療を受けたことを思い出し、電話に出た看護婦さんに状況を必死でお伝えした。
ニュアンス的に厳しいような返答を受けたことはY氏には伝えなかった。
本来なら口腔外科へ行くべきだったのかもしれない。
知らなかった。
万が一、顎がはずれたら医師ならば簡単に入れることが出来る、そう信じていたが、Y氏いわく、医師が奮闘しても、うまく入れれず、必死で自分で戻した過去があったそうな。
しかもそれは正月。
元旦の朝、ベットで大きくあくびをした瞬間になってしまったそうだ。
今にして思えば笑い話になるが、私は免許がなく、その外科へ向かうために20分ほど車を走らせなければならず、Y氏は口を押え片手で苦悶しながら運転をしていた。
その激しい痛みはそばにいる私にも伝播し、男性が痛みに耐え忍ぶ姿に私は何の力にもなれず、驚愕しながらマクドに誘ったことを後悔した。
おまけに病院に着いた時、医師は全く自信のない表情を見せた。私はただただ待合室で祈りを捧げるしかなく、この医師による顎戻しは30分以上はかかったように思う。
Y氏は非常に顎が外れやすいタイプのようでガムは噛まないとか、あくびも気をつけていたようだが、連日の調査で空腹に耐えかね、ついビッグマックを大口を開けて食べたことが原因だという。
口を開けるという行為は自然に行ってしまうので、ならば常時、おちょぼ口にしておけばいいのかという、そんな簡単な問題でもないらしい。
私が知る限り調査中、調査員はめったに食べないが、何かの行動で顎がはずれた場合、調査遂行出来ぬと心配したが、その後、Y氏は家業を引き継ぐため郷里に帰った。
折に触れて数年おきに連絡をくれるが、つい話の最後に顎問題について聞いてしまうが、独自の鍛錬が効いているのか、あれから全く何事もない日々だという。
ただ、万が一に備え、一番気の緩む正月だけは未だに注意深く過ごしていますとY氏は静かに語ったのだった。