災いの先にあるもの
2015年4月02日 カテゴリー:雑記
電車通勤もかれこれ30年以上にもなるとあらゆるテクニックを覚え、 混雑した車内の中、一体誰が席を立つのかを気配や動作で判断出来るようになる。
ただ、職業柄、面談や報告業務で西日本を拠点に津々浦々行かせていただいているので、いつも同じ時刻、同じ電車に乗っているというわけでない。
特急電車の窓際の二人席に乗車していた。
日差しは暖かく、川を渡る鉄橋の向こうに見える広大な田園風景、トンネルを何度も超えるたびに美しい日本の風景が表情を変えて現れる。
私はこの風景を写真に収めたいが特急電車のためうまく撮影出来ず、心のシャッターを何度も押した。
小雨が降ってきたが、アイスグレーに変化する空もまた美しい。
遠くを眺めれば森が見え、トトロや猫バスがやって来るような実に牧歌的風景なのだった。
隣席にミドルエイジの非常に太ったテカテカした男性が着席する。
座ったとたんに派手なニンニク臭が私の身体を包み込んだ。
袖すりあうも何かのご縁。
私とて何かでご迷惑をかけることもあるかもしれず、このような事態に備えて30年の経験から常にマスクを常時。マスクをはめ私はこれまでの楽しい夢想をあきらめ、心を落ち着かせるミュージックをiPhoneで聞いていた。
だが、マスクの下部から漏れ伝わる激臭が襲う。
私はずっと歌舞伎役者の見得を切るかのような表情でいたように思う。
その後、テカテカミドルは、ここをリビングかのような振る舞いで、柿の種で缶ビールをちびちびやりながら靴を脱ぎだすのであった。
車両は満員に近く、ノンストップでしばし過ごせねばならぬ。
私はけして細かい神経質なタイプではないが、個室にも近いこの空間で対峙することに多大なる圧力を感じるのだった。
そして、 嫌な予感は的中し、テカテカミドルはついぞ己の靴下を脱ぎだしたのである。
そして、その脱いだ靴下を軽くブンブン振り、左のポケットに仕舞いこんだ。仕舞い込んだように思えたが、これがこやつのいい加減さを物語り、靴下の先の半分以上が飛び出し、私の右側に置いていたカシミアのストールに触れているのであった。
私は即座にストールをしまいこみ、両手を合わせ指を組み、窓に映る己の顔を見た。
やはり、歌舞伎役者の見得を切る以上のスケールとなって眉毛が八の字になっていることに驚愕する。
この30年を振り返り、車内のマナー然り、様々な隣人との出会いで、他人の振る舞いは実に多くのことを教えてくれる。
調査報告のために駅で再会した依頼人に、この話を身振り手振りしたところ、一体何がそこまで笑ってしまうのか、涙を流しながら笑いころげるのであった。
笑いに飢えていたんです。
そのおじさんに有難うって言いたいです。
固まった表情筋がほぐれますぅ~。
災い転じて福となすという言葉のように、どれだけ嫌なことでも受け取り方で随分違ってくるのだなと思うのであった。
報告を終え、帰宅への特急電車に乗車する。
帰りは夕闇が迫り来る最も甘美な美しい時刻がやってくる。
私は窓の外をうっとり眺める。
隣に若い女性が着席した。
香水の匂いで私は何度も目頭を押さえ続けた。すっぴんからフルメイクを行い、全く別人になり、スマホで大音響で聞いているのだろうか。音楽がズンドコズンドコと流れ出る。そして、ずっとラインの連打である。
私は香水にやられ、そのトランスっぽい音楽にやられてしまったのだろうか。
つい、身体がノッテしまい、何となく軽妙に身体を揺らしていたら、隣の女性からおかしなおばはんを見る鋭い目つきで睨まれる。
そして恐らく連打ラインにもネタにされてる感あり。
ちょうど、先ほどの依頼人からメールがきたので、この悔しき現状を正確に伝えたところ、またよろこんで頂けたようである。
どこにも無礼な人達はいる。
だが、災いの先にあるものが 依頼人を笑わせてくれたので許すことにする。