探偵なる日々
2015年3月06日 カテゴリー:雑記
隣の席にいる調査員N氏の腹がグーグー鳴っていた。
私はそれを何年も聞かされ続けてきたと言ってもいい。
N氏は現場から帰社して報告書を作成中であるが、仕事モードのため、腹がどれだけ鳴っても本人は空腹感に気が付いていない。
身体は正直でお腹がすいていると発信していても、完全に仕事が終了するまでは食事をすることはなく、このような不規則な生活を長年している現場の調査員、すなわち探偵は圧倒的に痩せ型の人が多い。
また、探偵としてイメージするファッションとして、コートは必須であろうか。それも随分とくたびれたのがよろしい。出来れば、同じくくたびれた感のあるハットもセットにしていると、なおよろしい。
だが実際の現場で全身をそのようなスタイルでおれば、おかしな人物と直ぐに不審者として通報を受け、付近住民からマークされるに違いないだろう。
職業として制服のない探偵は時と場合によって服装を選ばなければならないし、基本的には風景に溶け込むなるべく目立たない服装でいる。
この目立たないという感覚は人それぞれで、実は一番難しいかもしれない。特に新人の場合、これまでのファッションが普通であると思っているので、いざ現場に向かう服装について悩むことが多い。
どれだけ身を纏っても、人間は知らぬ間に圧力を放っているもので、その多くはネガティブな気が多く、気の強そうな人、怖そうな人、何か嫌な感じの人。怪しい人。自然に流れる気は正直で、その人の本来の気性を醸し出す。
対象人物とは接近戦で交えることも多く、そのおかしな気配を消すことや自然体でいることが要求されるので服装については、長年、この職業を続けていると自然に身についていくものである。
たたでさえ、対象人物は警戒心を持っているケースも多く、怪しいとする雰囲気を持った人が近づいてくれば直視されるため、本物の探偵は、コートの裾をひるがえすようなスタイルではなく、一見どこにもでもいそうなサラリーマン風の人にしか見えない。
また、一流と言われる探偵はおのずと探偵の所作を初めから身につけているようで、どんな職業もそうだろうが音楽に乗って自然にカッコよく踊れるように説明のつかないセンスを持っている。
現実の世界の探偵は想像を超えるほど地味である。地味過ぎて、その地味さをお伝えすることが出来ないのが残念である。
実際の探偵は至って普通の感覚を持ち合わせながら、普通でない状況に耐えうる神経を持って地味さの中で熱く奮闘している。
以前はN氏の腹の音が聞こえてきたら心配になり、簡単に口にするものでも購入しておこうかと思っていたが、もはやそのような食生活も探偵道を究めた人にとっては入らぬ心配であろうかと。
グーグーと腹を鳴らしている姿が正真正銘の探偵なのだろうと思うも、やはりそれでも気になって、私は饅頭をそっとN氏の机に置くと、仕方なく口に入れる姿を確認して安心するのだった。
だが、小さな饅頭1個では腹は満足せず、刺激されたのではあるまいか。今まで以上に腹の音は一層高鳴り続け、私はそれをいつも聞きながら過ごさせていただいている。