黒革の椅子
2015年2月02日 カテゴリー:雑記
隣に座ったおじさんの鞄が私の肘に当たった。
素材が何か変わった鞄だなと注目した。
よく見ると、ペットボトル6本入るサイズの箱に木目のカッテングシールを貼り、持ち手の穴にビニール紐を加工してハンドルを取り付けていた。
かの日比野克彦の段ボールアートのようで凝視したが、その適当感はアーティストとしての作品ではなく、エコロジストに違いない。
おじさんは更に穴に隠された長紐を出して、ピンピンと伸ばし、ショルダーバックスタイルとなって颯爽と席を立った。
おまけに帽子かと思っていたのも段ボール素材。
どこまでも徹底的な統一されたエコを追及しているおじさんだった。
誰も注視していないが、私は誰よりも敏感に感じとり、どんな時にそのアイディアを思いついたのか聞きたくなって、器用に別の何かを作り上げることに関心する。
ドクターバックを持った仙人のような風貌をした高齢の男性がいた。
革が剥がれ穴が空き、美しい丸みを帯びたフォルムが失われつつあるアンティーク状態なのだが、明らかに黒のビニールテープで全体を補強をしていた。
かの市川房枝氏が偲ばれる。鉛筆は掴めないほどの短さまで使用し、この年齢の方はモノをとことん使い尽くす美学をお持ちである。
私は代表A氏の椅子の肘当ての部分が擦り切れていたことを思い出す。
椅子を入れた時に机にこすれ、両肘がベロベロになっていたので、とりあえず黒のビニールテープで補強した。
だが、きっちり巻き込んでも革とのミスマッチングで、たるんでしまう。
ある日、そこに触れた瞬間、ベロベロが酷くなりドロドロなっていたそうな。
これを機に、この大きな黒革の椅子を処分することを小耳に挟む。
調査が終わり、事務所に戻り報告書を作成する時。
疲れ果てた身体を包み込むが如く、そこでいつも待っていてくれる黒革の椅子。
エスプレッソを飲み、目を閉じ思案し、格闘する時間はどれほどだろう。
これまでの調査の汗と涙が染みまくっていて、これはただの椅子ではない。
調査の神が舞い降りる椅子である。
肘のみが傷んでいるだけである。
乗って派手に動きまわることさえ可能な椅子だ。
私は革テープ購入に走り、老眼鏡をかけて再度巻き直した。
ビミョーな色目、ミリ単位のズレを許さぬA氏を思いながら。
何度も巻きなおしたが時間が立つと浮き上がってくる。
いつもは私の素晴らしいアイディアに驚きの表情を頂けるが、今回、その表情から椅子を処分する気満々を読み取った。
安価な革テープが黒という最も難しい色をナチュラルにすることが困難さを際立たせる。東急ハンズならば良い品があるだろうか。
むしろ、机の高さが椅子とのサイズが合っていないようで、革を完璧に張ってもまたベロベロになる可能性があり、ならば机を削ってみたらどうだろうか。
机は木製なので可能である。
何としても、この愛すべき全ての調査を守りつづけてくれた黒革の椅子を守りたい。
現在、机を削ることを真剣に考えている。