おばちゃんの飴
2013年4月30日 カテゴリー:未分類
その日は朝から激しい雨が降り、電車は悪天候で間引きされ半分しか動いていなかった。手荷物が多く、折りたたみの傘を鞄に入れようと思ったがカバーを忘れたことに気がついた。
その一瞬だろうか、斜め向かいの席のご婦人と目があった。
「どうぞ、これをお使いなさいよ」と。
笑顔で差し出されたのは薄いあのビニールの傘袋である。
デパートなどで雨の日に入口に設置され、あの袋は一枚だけをいただくつもりでも、
くっついてしまい、持ち帰っても、他に使いようもなく、いつの間にかそれはゴミとして捨てられるものである。
こんな風に適材適所、必要なシーンに使われることは、この袋の有難さに感謝だが、知らぬ者に、こんな風に話しかけることは、ほんの少しの勇気がいるのかもしれない。
電車の4人席の向かいに座るこのご婦人は目立っていた。
全身が何か光っていたといってもいい。
60をお過ぎだろうか。全身何かハードロッカーを思わせるクールなファッション。
光る素材のような黒のピチピチのパンツとベスト、バックにはドクロマーク。
じっとこちらを見ているのかと思えば、ただ音楽に身をゆだねている・・・ノッているという感じだった。そして、やはりそれはロックでもパンクでもなく、演歌を聞かれていたようである。
関西では、ご婦人でハードないでたちの方が実に多くいて、そのお姿からは年齢など感じさせないパワーをいただけるものである。ご親切に甘え、私は先ほどから少し咳き込んでいたのが気になって、飴ちゃんを1個差し上げた。
そして勝手に思う。
この飴ちゃんは電車の中で呼吸困難にあわれた方を何度救ってきたことだろうと。
突然の咳き込み、それは何故か一度始まると止まらず、口を押さえながら悶え苦しむその姿。見ていると何とかしてあげたいが電車の中ではどうすることも出来ない。
よって、小さな巾着袋には、そのような事態に備えて、飴ちゃんが詰め込まれている。
間違っても、はっか味や柑橘系の強い味、ミント味は敏感になった喉を悪化させる場合があるので、余り味が強くない優しいお味がよろしい。
ロッカーの親切なご婦人に会釈しながら、巾着袋の中身を確認すると在庫は減っている。
そして、やはり、飴ちゃんは昔からある「カンロ飴」が喉に一番優しかろうと行きついた。
関西では「おばちゃんの飴」は何かお笑いのネタにされているらしいと知る。
これについては、本人がただ楽しむだけでなく、小さなコミニュケーションと小さな救済もあるのだと知ってほしい。
穏やかな夕刻、静かな車内、咳き込む方は誰もいない。
緊急コールはないが、いつ、そのような事態が突発的にやって来るかわからぬ。
「カンロ飴」を求め、購入に走った私である。