秘密を知る時
2012年6月15日 カテゴリー:雑記
深夜。
都会の一角のゴミ集積所で女が投げ置いた小さなゴミ袋。
その袋には顔が書かれ、両端がウサギの耳の形のように縛られている。
それを偶然見ていた男。
その形に何か興味を持って、つい自宅に持ち帰ってしまう。
持ち帰ったそのゴミを広げてじっくり眺める。
その中身は女が独身生活であろうと推察される夕食の残り、リンゴの皮。
マニキュアを落としたコットン、口紅の付いたティッシュ。
誰かに書こうとした書き損じた恋文。
男は方言があるのを気にして誰とも打ち解けられない日々を過ごしている。
そんな日常に現れた、女の匂い立つ生活の一片。
女の秘密を知ってしまうと、どんどん興味があふれ出す。
目印のウサギのゴミを探し、待ち伏せし、男は毎度その捨てられたゴミの全てを
丁寧に観察し、妄想する。
一見地味なOLの女にしか見えない姿からは想像もつかない、抱えている問題、孤独。
秘められた私生活を知る。
このような、おぞましい行為は狂気を持った、プライバシーの侵害。
たとえそれが捨てられたゴミであったとしても、覗き見ることなど許されないことです。
この話は20年前のドラマです。
私が主婦だった頃に見たドラマでストーカー行為を問題視するのではなく、
都会に住む孤独を抱えた男女のラブストーリー。
余り男女を語らせることなく、随所にわたって巧みな演出が冴え渡ります。
ほとんどが表情の陰影や視線の流し方、小林薫の独白のようなナレーション仕立て。
主演は樋口可南子、小林薫。
原作は黒井千次の「袋の男」
原作者をインターネットでチェックし、他の作品も読んでみたくなります。
このような誰もが共感しないようなマニアックな癖を持った人の話をテーマとして
20年前も前に放映されていました。
このドラマ、終盤は逆転して、女がグングン引っ張って行きます。
気の弱い、さえない女かと思いきや、女の奥底にある隠された一面を見せ始めます。
女はある日、自分のゴミが男に全て観察されていること。
道ならぬ恋をしていることも知られたことに気が付きます。
その衝撃たるや虫唾が走る思いがします。
しかし、それでも女はゴミをウサギの耳にして置いていきます。
自分の存在証明を誇示するかのように扇情的にゴミを出していくのです。
孤独な世界に生きる男女は完全に交わることもなく、お互いにシンパシーの
ようなものを感じながら、不条理な形で終わったような気がします。
出されたゴミから生活状況を推察することを「ガーボロジー」と言います。
それを分析する作業は大変でしょうが、ゴミはすべてを物語ります。
重要な情報を管理する企業ではゴミの捨て方にも慎重を要され、盗まれることを予見して、わざわざダミーのゴミを出し情報をかく乱させます。
ゴミから判明するライフスタイル、生活レベル、家族関係、人間関係。
食事のメニューから、使用している化粧品のメーカー。
切り取られた洋服のタグからブランド名まで。
いくらインターネットが主流であっても、シュレッダーをどれだけ熱心にかけても
全てを藻屑にすることが出来ないものもあります。
このドラマは孤独を生きる男女の世界を「ゴミ」というキーワードで現していること。
全てが済んだこととゴミとして捨て去ってしまったとしても
たとえ、自分はつまらない人生を生きている人間だと思っていても
そうではないと「ゴミ」が物語ることの怖さ。
ラストシーンがどうしても思い出せない。
どう帳尻を合わせたのか?
原作とは少し違っているようです。
もう見れる機会はないでしょうが、もう一度じっくり見てみたい。
ゴミは、けしてただのゴミではないことを教えてくれます。