感の鋭い妻
2017年2月08日 カテゴリー:調査記
昭和の時代、務めていた会社の社員旅行が年に数回あった。多くは1泊2日の温泉旅行で、これ幸いに2泊にして不倫相手と1泊する人がいた。
当時の社員旅行のスケジュール案内は手書きで、1日分をうまく工作するという念の入れようだった。
その男性は浮気がばれないようにするには帰宅時間を変えないことと、なるべく退社後に会うのは避けて、平日有給で会う時間を使っていると豪語していた。
確かに妻は常に夫の帰宅時間を意識しながら生活しているもので、その微妙なズレをキャッチするのが非常に早く、普段より帰宅時間が遅くなっていくことに敏感に感じている。
かつて毎日1時間遅くなったことが不信に思い、調査を行うと不倫相手と退社後、喫茶店でお茶を飲むのが日課になっていたカップルがいた。
他にも、こまごまと面倒くさがらずいつもの日常を過ごすことを務めていたようだったが、私は偶然にその不倫を知ることになり、あやうく不倫の方棒を担がされそうになったことがある。
当時、何度目かの旅の案内状を作成していて、筆跡が変わるといけないと言われ、延長の不倫旅行を書き換える作業を頼まれたが、それは出来ないとはっきり断った。
当時は携帯電話がなく、不倫のカップルはお互いの会社に連絡し合ったりしていたのか、会社に連絡出来ない人もいただろうし、別れ際に次回の約束をしていても急に会えなくなる事情の時は一体どうしていたのだろうと。
その会社を退職して数年になってから、男性が離婚したことを知った。妻は長年の不倫を知っていたようで、社員旅行の延長も有給を取って女性と会っていたこともすべてわかっていたという。
ある朝、夫が玄関に立っている後ろ姿に、ふと胸騒ぎのような何か不信を感じ、説明のつかない距離感を思い、いつもと違う何かを感じることは人間が持つ防御本能である。
「昨日は仕事だったの?」
食事中、ふいを付かれたようにとっさにそう聞かれた時、どれだけ注意を払っていても浮気をしている夫は、まっすぐに妻の目を見ることがはたして出来るものなのだろうか。
夫婦にしかわからない当たり前の日常が徐々に崩れ始めるのは時間の問題で、知らぬ間に大きく狂い始めるのが浮気であろう。
長年の経験のある調査員の場合、手をつないだり腕を組んでいなくとも、後ろ姿を見ただけで男女の関係かどうかわかるほど、ふたりは匂いたっているらしい。
これまで社員旅行が1泊だったはずが、いつからか、2泊になったことに小さな違和感を覚え始め、妻は夫の放つこれまでとは違う匂いや言動に注意を向けるようになっていく。
携帯電話がなかった時代の不倫の方が濃密だったかもしれない。現在なら別れた後もお互いの気持ちを秒速で伝える手段があるが、当時は一旦密会を終えると連絡する術がほぼなかったからである。
別れを惜しみ、余韻を残しいるせいだろうか。
妻は漂う何かを察知するが、悶々としながら確たる証拠をつかむまではじっと時を待っている。
なぜなら、追いつめてしまうと、夫だけでなく、築きあげたこの家さえも失ってしまうのではないかと思う恐怖が押し寄せてくるからである。
俺には関心がないという夫がいるが、そんな妻ほど夫の変化に早く気づく。これは女性ならではの感の鋭さであり、浮気はバレないようにしているという男性ほど妻の本質をわかっていない。
妻は見ている。
いつもどんな時も。
見ていないフリをしながらじっと見ている。