けものたち2
2014年12月09日 カテゴリー:雑記
時々、近所の野良猫が我が家にやって来る。
キッチンの窓越しに張り付く姿を見た時に、私は歌麿と命名した。
なぜなら、猫なのに顔が完全にうりざね顔。
歌麿の美人画のように目は糸のように細く、遊女のようなけだるさと妖しさで、じっとこちらを眺めていたからだ。
だが歌麿はボディは完全にデブ猫である。
二階の窓からチェックしていると裏庭に続く森に棲みかがあるのか、巨体を揺らし、一直線にスキップするかの如く、楽しげに我が家に向かって来る。
単なる通り道であったが、ある日、カーテンの隙間から我が家の猫2匹が存在することに気が付いたのだろう。
歌麿は地鳴りのようなおぞましい声で、窓に張り付いて叫ぶ。
2匹が姿を見せるまで、そのダミ声は完全に止まることはない。
我が家の猫達は、歌麿のおかしな行動、風貌、声、巨体に驚き、そばにいる家族に怖いからあっち行けと言ってと必死で懇願する。
毎晩フカフカのベットで寝ているモノと野生との接点はなく、巨体でガラスを揺らし続けるため、恐怖で目を合わせることすら出来ず、納戸に隠れるのだった。
現代社会の野良猫。
ひっそり暮らしているとばかり思いがちだが自己アピールは半端ない。
うっかりドアを閉め忘れていたら網戸を器用に開き、次なるドアを開けようとチャレンジしていた。
2匹は己の砦の侵入者について、おしっこをちびりながら恐怖を家族に伝え、その後、何度も何度も歌麿の気配に怯え暮らすようになり、夕方雨戸を閉めると、ようやく心から安心するようになった。
だが、ある深夜。
歌麿は雨戸の向こうで、大きな叫び声をあげながらやってきた。
昼間ならまだしも、深夜、雨戸に何度も体当たりしながら、そこに居ることが何か得体のしれない憑き物のようで恐ろしくも思える。
だが、飢えているのか、病にでもかかったのか。
台風接近で降る雨は冷たく、庭に寝床を作ってやるか、一晩だけでも歌麿を迎えることもよかろうと家族会議をしていた。
思い切って雨戸を開け放つと。
黒い塊がそこに置かれ、歌麿は脱兎のごとく逃げ去った。
置かれていたのは、ねずみである。
完全には死んでおらず瀕死の状態だった。
けものの心はわからない。
人間が勝手にわかったかのように解釈し、どれだけ心を寄り添うも、けものである。
置き土産を片付けていると、我が家の猫達がやってきた。
オモチャのねずみしか知らない彼らは興味もなく、ただ歌麿の残り香を感じるらしく何度も怪しい目つきをしながら、周りを見渡すのであった。
その後、歌麿の姿は見かけない。
なぜなら、歌麿は近所の飼い猫だったらしく、何度も脱走する家出の常習犯だった。
そして、ある日、近所の公園で歌麿と再会する。
ベビーカーのような手押し車に乗せられた歌麿は可愛らしいニットのウエアを着用し、ベビーのようにそこにいた。
本名はジャスミンというらしい。
人に飼われることで、愛される家猫を装いながらも、けもの心も失わず。
たまにはその楽園を飛び出て旅に出たくなるのだろうか。
歌麿と小さく呼んだら、細い目が開いて信じられないほど可愛らしい声で鳴いた。